私専用線路はどこまでも

こんにちは~須賀川より貨物列車を中心に情報発信する「たいまつトレイン」と言います。拙い写真や文章ですが、よろしくお願いいたします。 私のストライクゾーンは専用鉄道、臨海鉄道、引き込み線、駅設備とそれらの廃線跡です。専用貨物や車扱い貨物、タキ、シキ、タンクコンテナなどマイナーで特殊なものほど写欲が湧きます。ブログの更新はのんびりやっていきます。一気に更新したりも。 2019年3月 引越により須賀川市を離れる

カテゴリ: 専用線

2017年6月18日 
まさかこんなに早く特大貨物輸送の日がやって来るとは!しかし、運用は平日ど真ん中だったので休めない私は、意を決して運用前の様子を見に行った。一応この数日前にシキが回送されていることは知っていたので、もう荷を積んでいるのでは?というチャンスに賭けて行ってみた。

今回はクルマ移動だったので時間もあり、前来た時の記憶を頼りに、もっと広範囲に撮れる場所を探してみました。すると~
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前回来てから3ヶ月経って、草もぼうぼうになり、より専用線らしくなってきましたね。
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レールは確かに走った跡があります。それにしても走る前は一度除草作業したんだろうな。すごい植生っぷり。今回の運用が終わって何も手入れしなかったら、ジャングルになるのは必至だなこりゃ(^_^;)。
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すでに積載を終えたシキが見えました。初めてお見かけするスイッチャーですね。

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シキを間近で見るのは初めてです。それも荷を載せているのも初めて見ました。
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こんな超重量級を突放できるのかな?(^_^;)
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3輌とも積載完了していますね。どうやって積んだんだろうね。
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草ぼうぼうで足回りはよく見えませんね。
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シキの走行時ジョイント音が面白いと聞いたことがあります。聴いてみたいな~。
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荷の固定は、あの白いスリングベルトだけなのかな?

これらを見て満足して撤収しました。本運用は見られなかったものの、後日シキ回送が見られるチャンスを知りました。


福島駅に行くときに、車窓から見える風景でいつも気になっていたものがあった。

去る3月にそれを確かめに行った。もちろん事前にグーグルマップなど検索はして行ったが。

結果から言うと、その気になっていたものとは全く違う線路がそこにはあったのだ。
まあ、コアな鉄ちゃんからするとお馴染みのK電機の専用線(引き込み線?)であるのだ。
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松川駅の駅舎は近代的な建物に造り替えられています。駅舎のすぐ横にはコンビニがあり、駅よりも賑わっています。
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松川駅の駅名標
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郡山側を望む。どこにである2面3線を有する駅だが、左に2本錆びた線路があります。
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福島側を望む。右の2本の錆びた線路の内、右から2番目は早々に木まくらぎの車止めがあります。駅舎側のホーム跡っぽいのは、赤字で廃止された国鉄川俣線のものだと言われています。

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右端の1本の線路が問題の線路です

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5本の線路がまっすぐ北に並走しています。右奥の白い建物はK電機。
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くねっとした分岐からさらに奥の方へ延びています
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右へカーブしているあの奥が気になります。

駅から歩くこと10分あまり。人気の無いその場所に辿り着けました。そこには
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この世とは隔絶されたような異様な光景がありました。
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時が止まったような錯覚を覚える車止めと左にカーブする線路がありました。
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寂しい転轍機がありました
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左はおそらくK電機の工場へ続いていると推測(見えません)。右の緩やかに下る線路が松川駅に繋がっているのです。これ以上は線路を追えません。柵もあるし、私有地もあるので遠くから眺めるしかありません。

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この道路の部分は元川俣線だったらしい。右の柵の中にK電機の専用線が横たわっています。

この時は、次いつ特大輸送があるのか分かりませんでした。

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車窓から見える気になっていたのは謎の架線と架線柱でした。あの専用線は非電化でしたから、K電機関連の施設設備かと思っていましたが、地元の方が仰るには「川俣線が廃止された後、国鉄がその線路上に架線を設置して何かの実験・試験をしていた」とのこと。川俣線は1972年廃止なので・・・。

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